何歳まで諦めないで不妊治療にチャレンジできる?

「卵子の老化」がメディアでたびたび取り上げられる中、自分自身の卵巣年齢はどのくらいだろうと検査したのが不妊治療を始めるきっかけでした。
結婚して3年。当時32歳。子供は大好きだけど貯金もしたいし、二人だけの生活も楽しみたい。そう思っていました。

 

 

卵巣年齢を初めて検査した時の結果は「40代後半。もうあまり時間がない。体外受精を勧めます」
そう医師から告げられた時の衝撃は今でも覚えています。
まだタイミングも、人工授精も試したことのない私がいきなり体外?もう時間がないってどういうこと?

 

 

しばらくの間何も考えられなくなりました。

 

 

AMH=(アンチミューラリアンホルモン)
卵巣年齢の値で、血液検査でわかります。

 

 

自分が30代前半で、もうすでに妊娠できる時間が残り少ないとぼんやりと思ったときに、これは仕事だけをしている場合じゃない、これからは真剣に妊活について考えなければ!
と思いました。

 

 

その後、ネットでAMHについて調べまくました。

 

 

卵子は生まれた時から総数が決まっており、増えていくことは絶対にないこと。
AMHの値で卵巣予備能力がわかり、低い場合は妊娠を急いだほうがいいということ。
卵子の量が減っているが卵子の質とは関係ないということ。

 

 

ありとあらゆる情報に一喜一憂する毎日。
今まで普通に毎月生理が来ていて、特に健康面で気になることがなかったのに、まさか自分の卵巣年齢がこんなに高くなっているなんて思いもしませんでした。

 

 

ただ、いきなり体外受精をするには勇気がいったため、短い時間と知りながらも、人工授精から始めることにしました。
(夫の帰りが遅く、生活リズムからタイミングは難しかったからです)

 

 

最初の壁は夫の理解を得て、協力してもらうことでした。
AMHという言葉を使っても、私には時間がないということを伝えても、あまりピンと来ておらず、最初は不妊治療に積極的ではありませんでした。
当たり前ですよね。男性にはなかなか理解しづらいと思います。

 

なんとか夫を説得し、人工授精に5回挑戦しましたが全滅…。かすりもしませんでした。

 

その後勇気をふりしぼって体外受精専門の病院を訪ねました。

 

初めて体外受精についての説明会(なんと3時間!)に夫婦で参加し、そのときから夫が変わり始めたように思います。
少しずつ、ことの重大さに気づいてくれたのか、絶対に子供を授かろう!と協力的になってくれたのです。

 

やってみてわかることですが、人工授精と体外受精の感覚は全く違いました。
体外受精は徹底的な数値管理、通院回数も人工授精の時に比べて格段に増えます。もちろん多額のお金もかかります。
仕事をしながら治療も続けるには、職場の理解がないと難しいでしょう。
また、仕事を辞めて治療に専念する場合は、お金の心配もあります。

 

 

みなさんいろいろな心の葛藤と闘いながら、それでも子供がほしい!とただその一心で不妊治療をしているんだと思います。

 

 

私は1度目の顕微授精で無事妊娠しましたが、残念ながら9週で流産してしまいました。
たくさん泣いて、たくさん落ち込みましたが、体外受精の病院にもう通いたくないとは思いませんでした。
夫の理解を得られた今、AMHの数値が低かろうと、チャンスがある限り、できる限りの挑戦はしたいと思っています。

 

 

今2度目のチャレンジをしています。
上手くいかなくて精神的に不安定になったときも、流産して号泣した時も、
そばで支えてくれた夫に感謝し、いつか子供を抱かせてあげたいと思っています。